"息子が私の家を売る夜" 第20話
それが、この通です」
リビングの空気が、さらに段、凍りつきました。 智美さんは、自分が握りしめている牛の印鑑と、テーブルのの廃止通を、狂ったように見比べました。
「嘘……嘘よ……! だって、これはお義母さんの実印……」
「ええ、智美さん」
私は、穏やかに、このなく静かな声でをきました。
「それは確かに、かつて私が使っていた印鑑よ。健さんが作ってくれた、切な牛の印鑑。……でもね、今の法律、それはただの、名が彫られた『角の塊』に過ぎないのよ」
「あ……」
智美さんの喉から、ヒッと引きつった鳴が漏れました。
「政の登録を失った印鑑には、何の法効力もありません。ただの文判と同じ、いえ、それ以のガラクタよ。あなたがヶ、血になって探して、に入れたとんでいたものはね……最初から、何のも持たない抜け殻だったのよ」
智美さんの指から、牛の印鑑が力なく滑り落ちました。 コロン、カラン。 テーブルのを無様に転がり、赤い朱肉のに落ちて、い牛角が赤黒く汚れました。
「介」
私は、蒼になってガタガタと震えている息子に、たい線を向けました。
「あなたが今、サインしようとしていたその委任状。本のに基づかないことをりながら、すでに失効した印鑑を使って所者になりすまし、代理権を偽造して産の媒介契約を結ぼうとした。
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……さん」
私は産の営業マンに向き直りました。
「この為が、本の刑法において何罪に該当するか、宅建物取引士であるあなたなら、当然ごですね?」
さんは、弾かれたようにちがりました。その額からは、滝のように汗が吹きしていました。
「印私文偽造、同使罪……刑法第百条、および第百条です……!」
さんは震えるで、テーブルのの契約と査定を猛烈な勢いでかき集め、アタッシュケースのに押し込みました。
「島様、智美様……! 変申し訳ありませんが、当社といたしましては、このような権利関係にな疑義がある物件の仲介をお引き受けすることは、断じてできません! 本の媒介契約のお話は、すべて撤回とさせていただきます!」
「待って、さん! 待ってください!」
智美さんが狂ったように叫び、さんの腕にすがりつこうとしました。
「何かの違いです! 話しえば分かるんです! お願いですから、契約を……!」
「放してください!」
さんは智美さんのを振り払いました。その顔には、先ほどまでの笑いは微もなく、犯罪に巻き込まれかけた恐怖と嫌悪だけが剥きしになっていました。
「巻き込まないでいただきたい! 失礼します!」
さんはアタッシュケースを抱え、逃げるようにリビングをびしていきました。
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バタン! 玄関のドアが乱暴に閉まるい音が、に虚しく響き渡りました。
千百万の売却益。 宅ローンの完済。 優雅な老資。 智美さんが描き続けていた薔薇のが、音をててっ端微に砕された瞬でした。
リビングには、静まり返った空気と、テーブルのに転がる赤く汚れた印鑑だけが残されました。
介は両で顔を覆い、テーブルのに突っ伏して、肩を激しく震わせていました。 智美さんはにへたり込み、ボロボロと乱れた髪の隙から、鬼のような形相で私を見げていました。その唇が、りと絶望で刻みに震えていました。
「……騙したのね」
智美さんのから、血を吐くような怨嗟の声が絞りされました。
「お義母さん……最初から、全部っていて……私たちを罠に嵌めたのね!?」
私は、紬の着物の袂を静かにえ、背筋を伸ばしたまま、に崩れ落ちた嫁を然と見ろしました。
「騙した?」
私の声は、の夜の底のように、静かでたく響きました。
「私は度も、嘘をついてはいませんよ、智美さん。私はただ、あなたたちが何を望み、どこまで残酷になれるのかを、黙って見ていただけです」
私は成瀬先に向かって軽く会釈をしました。成瀬先は無言で頷き、ブリーフケースから、もう通の、さらにい封筒を取りしました。
「さあ、介。智美さん」
私は、絶望に震えるを見据えながら、静かに宣告しました。