"七歳の女の子が握りしめた富士山の木札" 第2話
栓を抜いて女の子のに置く。
「いりません」
「売れ残りだ。今にまないと捨てることになる」
「捨てちゃうんですか?」
「もったいないだろう」
女の子は両で瓶を持った。んで、それからい息を吐いた。
「甘い」
「そりゃ、コーヒー牛乳だからな」
「初めてんだ」
「んだことないのか?」
「うん。お呂さんのは初めて」
気にまずに、女の子は3ほどで旦瓶をろした。残りをちびちびと減らしていく。急いでむとく終わってしまう。そういうみ方だった。
み終わるまで、俺は番付をつけるふりをしていた。瓶を返しに来たが、まだし赤い。
「名は?」
「も来ていいですか?」
聞いたことに答えないまま、女の子が俺を見げた。返事を違えたら2度と来ない気がして、俺はく言った。
「うちは毎いてる。休みのはない。ずっとじいさんの代から、正もけてる」
「じゃあ、も来ます」
女の子は箱を棚に戻そうとして、背が届かずにを止めた。俺が代わりに札を入れてやると、さくをげてていった。
のれんをろしながら、俺は坂をりていく背を見送っていた。釜のを落としてから、俺は脱所を見回した。使ったのケールが隅にきちんと伏せてある。誰にも言われずにそこまでやる客は、うちの常連にもそういない。
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次のも、女の子は同じに来た。
「これしかないんです」
「まだ『試し湯』の期だ」
嘘をねるのは、ったより簡単だった。
女の子は銭をポケットに戻して、箱ので靴を揃える。3目も4目も同じだった。閉の15分になると、のれんのにい着がっている。
議なのは、に入っているだけ声がるくなることだ。湯壺にが聞こえてくるもあった。らないで、途から同じところを何度も繰り返している。俺は男湯の片付けをしながら、それを聞いていた。
「、うまいな」
「聞こえてるんですか?」
「壁のがいてる。丸聞こえだ」
「そうだったんだ」
「学で習ったか?」
「違う。覚えてるだけ」
「誰に教わったんだ?」
「わかんない。ずっとってる」
湯ので音がねた。それきりはやみ、代わりに笑い声が壁を超えてきた。
そののことだった。湯からがった女の子が脱所の子に座ったままかない。髪から湯気がっている。牛乳の瓶はもうからになっていた。
「そろそろ閉めるぞ」
返事がない。俺がもう度声をかけようとした、女の子がをブラブラさせながら言った。
「ここ、あったかい」
「湯だからな」
「ずっとここにいたい」
さな声だった。誰かに聞かせるつもりもない声だ。ここは湯だ。を払ってに入り、温まったら帰る所だ。
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痛いと言われても困る。困るはずだった。
俺は番台の縁にを置いたまま、言葉に詰まった。何か返さなければいけないのに、ので言葉が形にならない。その言は、どこかで聞いた形をしていた。どこでかはいせない。ただ、指先の力が抜けていた。
「のは……お母さんは?」
「寝てるだけ」
「もう9過ぎだぞ。配されないのか?」
「されない。されてことはないだろう。起き たらちゃんといるから」
答えがすぎた。から用してあった答えだと分かる速さだった。
「1で来てるのか?」
「うち、いから」
「いってどの辺だ?」
「坂のの方」
それ以は聞けなかった。聞けば、この子はから来なくなる気がした。
「名くらい教えろよ。呼びにくくてしょうがない」
「」
「だな。うん。どうくんだ?」
「名は、ひらがな」
「そうか、いい名だ」
「お父さんがつけた。でも、もういない」
そこで会話が切れた。いないというのがどういうのいないなのか分からなかった。聞き返すことはやめた。苗字は言わなかった。俺も聞かなかった。分かったのはという名だけだ。
は子からりて、湿ったタオルを丁寧に畳んだ。畳み方が妙にびていて、俺は見ないふりをした。
が帰った、俺はしばらく脱所の子を見ていた。脱所にまだ湯がりのが残っている気がして、を当てたが、もうたかった。
浴の栓を抜いた。湯が渦を巻いて落ちていく音が、井に響く。
——「ずっとここにいたい」
その言が湯の音に混ざって、何度も戻ってきた。