"七歳の女の子が握りしめた富士山の木札" 第9話
結局その夜も俺が浴槽の線を抜いた。渦を巻いて落ちていく音をしゃがんで聞いた。排溝にをづけているさな背を勝にいした。
3目の朝、俺は釜にを入れなかった。のれんもさなかった。作業着のまま番台にって、棚の1番にを伸ばす。指の先に、掘り直された富士の札が触れた。
「配だからくんじゃない。俺は自分にそう言い聞かせた。これはあの子の所だ。預かったものを返さないままでいたら、このにあの子の所がなくなる。それだけの話だ」
言い訳がいる。35歳の男が7歳の子供のを尋ねるための言い訳が。俺は札を作業着の胸に入れて、鍵をかけずにをた。坂をりるがいつもよりかった。
アパートのにつのは、送っていった以来だった。朝のので見ると、の廊の錆が余計に目つ。郵便受けに封筒が何通も差し込まれていた。差ししの名が見えている。気とガスと、それからアパートの管理会社であろう名だ。どれも封を切られた形跡がなかった。アパートの管理会社の封筒だけ、が違うものが2通あった。最に来たものほどがい。そういう仕組みになっているのだと、でった。
俺は階段を登った。鉄の段が1段ごとに鳴る。端の部のにった。表札はていない。
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名の入るところに細く切ったが張ってあった跡だけが残っていた。
俺は度呼吸をして、呼び鈴を押した。しかし返事はない。今度はドアをノックし、声をかける。
「宮です。楓湯の……」
しばらくがあった。それから扉の内側でさな音がした。
「おじいさん……けてくれ……。あ、お母さんは寝てるだけだから」
扉がくにその言葉が来た。俺の顔を見るにもう用してある答えをしている。
「お母さんの話をしに来たんじゃない」
「じゃあ、何?」
「忘れ物を届けに来ただけだ」
「忘れ物?」
「富士の札だよ」
鍵のれる音がした。扉がいて、がっていた。3ぶりに見る顔だ。札を見て、それから俺を見た。目に涙を溜めたまま、は度唇を噛みしめた。
「捨てられたとった」
「預かるって言っただろ」
「もう来ちゃダメって言われたから」
「誰に?」
「お母さん」
「そうか」
「おじさん、ってる?」
「ってない」
「じゃあなんでそんな顔してるの?」
「3も札が空いてたからだ」
は札を両で受け取って、そのまま俺をへ促した。入った瞬、より寒いとじた。を使ったがない。窓のそばに畳んだ布団とさな机がある。机のの貯箱が横に倒れていて、そこのゴム栓が抜けていた。あの銭はここからていたのだろう。
台所の流しには、べたの皿が置いてあった。
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湯を使った皿の触りではなかった。ガスの元線に業者のげた札がぶらがっていた。読まなくてもは分かる。「止」というだ。
奥の布団に、若い女性が横になっていた。俺の音に気づいてこちらへ顔を向ける。
「あ、勝にがってすみません……」
女性はを起こそうとした。肘をついて状態を半分持ちげたところできが止まる。息を詰めて腰の辺りを押さえたまま、そのまま横向きに丸くなった。
「お母さん、まだいちゃだめ。丈夫よ」
「息、ゆっくりして……うん」
そのまま1、2、3。は慌てずに枕元へ回って、背の側にを当てた。のひらの位置に迷いがない。何回もやってきたつきだった。7歳の子供がこのきを覚えるまでに、この部で何が起きていたのか、俺は考えないようにした。
女性はゆっくり息を吐いて、をかけて座った。髪を直す余裕もないまま俺の方へ向き直る。
「娘がお世話になっていたと聞きました。いえ、本当に申し訳ありません」
女性は畳にをついてくをげた。言い訳を1つも言わなかった。最初にたのが詫びだった。
「をあげてください」
「娘は……うちの子はご迷惑おかけしていませんでしたか?」
「うちので1番よく働いてます」
「……働いて?」
「札を並べて、牛乳の瓶を詰めて、浴の線を抜いています。よくいてくれてます」
女性はを押さえた。畳に落ちたものを、が黙ってのひらでこすった。
俺は部のをもう度見た。汚れたままの皿。