"診察室に入れなかった私" 第6話
「……健?」
私がもう度名を呼んだ、その瞬でした。
ガシャン!!
甲い属音が、静かなリビングに響き渡りました。 健が持っていたレンゲがから滑り落ち、スープボウルの縁を打して、へと転がり落ちたのです。 汁がいテーブルクロスのにび散り、醜いシミを作りました。
健の顔からは、完全に血の気が引いていました。 唇が刻みに震え、瞳孔が激しく揺れいています。
「ち、千……それ、本気で……言ってるのか……?」
絞りすような夫の声は、これまで聞いたことのないほど掠れて、恐怖に歪んでいました。
ガシャン、とに転がり落ちたレンゲの音が、静まり返ったリビングに気なほどきく響きました。 び散ったチキンスープが、いテーブルクロスに無惨なシミを広げていきます。
「健?」
私は揺を顔にさず、ただ静かに夫を見つめました。 エプロンのポケットのでは、スマートフォンの録音アプリが確かにこの空の音を拾い続けているはずです。
健の目は焦点が定まらず、部の隅を虚ろに彷徨っていました。 いつも綺麗にえられている髪が、今はひどく乱れて見えます。 彼の喉仏が何度もし、何か言葉を紡ぎそうとして、果たせずに唇だけがパクパクといていました。
「あ……いや……」
数秒の苦しい沈黙の、健は突然ハッとしたように顔をげ、テーブルののシミを布巾で慌てて拭き始めました。
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「ご、ごめん! が滑っちゃって。……なんだよ、千、急に怖い顔して。びっくりしたよ」
健の顔には、ぎこちない笑顔が張り付いていました。 それはまるで、質の悪い仮面を無理やり被ったかのような、自然で歪な笑みでした。
「神先、きっと本当に勘違いしてるんだよ。ほら、あの病院、都内でも数の総病院で、毎何も妊婦さんを診てるだろ? 忙しすぎて、誰かのカルテと君のカルテを違えちゃったんだ。うん、絶対にそうだ」
健は布巾をく握りしめ、私を説得するようにでまくしたてました。
「俺が嘘をつく理由なんてないじゃないか。俺は千と赤ちゃんのこと、世界で番事にってるんだから。……、俺から病院に話して、カルテの誤りを正すようにめに抗議しておくよ。千はそんなこと気にしないで、スープがめないうちにべて」
そう言って、健は何事もなかったかのようにしいレンゲを取りし、自分のスープを啜りました。 けれど、そのは微かに、しかし確実に震えていました。
私はため息をつきたくなるのをぐっと堪え、元のスープボウルに線を落としました。 健は、まだ逃げ切れるとっているのです。 「医者の勘違い」という苦しい言い訳で、このを凌ごうとしている。
「……そうね、きっと先の勘違いね」
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私はあえて追求せず、静かにスープをに運びました。 姜の効いた優しいが広がりますが、砂を噛んでいるようで全くがしませんでした。 これ以問い詰めても、彼は必ず別の嘘をねて逃げるでしょう。 決定な物証、あの「同」のコピーを今ここで突きつけるのは得策ではありません。 健がどれほどの嘘をつき、何を隠しているのか、その全貌を把握するまでは、私は「騙されているふり」を続ける必がありました。
「ごちそうさま。し横になるわ」
私は半分以残したスープから顔をげ、ちがりました。
「えっ、もういいの? 具悪い? 片付けは俺がやっておくから、ゆっくり休んでて」
健のホッとしたような堵の表を見逃しませんでした。 「優しい夫」という役割に戻れたことで、彼は自分が全帯に逃げ込めたと錯覚しているのでしょう。
「ありがとう」
く答えて寝へ向かい、ドアを閉めました。 鍵をかけ、ベッドに腰をろしてく息を吐きします。 エプロンのポケットから録音アプリの止ボタンを押し、ファイルを保しました。 あのレンゲを落とした音と、揺しきった言い訳の音声。 それは、彼が「ろめたいことをしている」という何よりの証拠でした。
しかし、まだりません。 健が「なぜ」そんなことをしたのか、そのが全く見えないのです。